日本精神を体現した経営者たち

朝活ネットワーク名古屋20200803

~アフターコロナを生き抜くための智慧とヒント~

進行役:尾花智明(おばなともあき)さん

【内容】令和という新時代を迎えた日本。ところが、中国発新型コロナウイルスによって日本のみならず世界は大混乱に陥りました。
経済をはじめ、ビジネス、生活、教育、娯楽、コミュニケーション。私たちは、いくつもの「当たり前」を見直さざるを得ない状況に立たされています。
「人類の歴史は、コロナ前・コロナ後に分けられる」とさえ云われています。
日本はかつて、絶望的状況から立ち直った経験をもつ国です。
75年前、大東亜戦争に敗れた日本は、その持ち前の特性を活かし、極度の貧困から目覚ましい発展を遂げ、世界の大国へと見事帰り咲きました。
その戦後の日本経済を支え、先頭でリードし続けた二人の名経営者が、松下幸之助と出光佐三です。
私たちがこれから直面する「アフターコロナ」の時代。
苦難の時代に、日本精神を体現することによって大発展を遂げた、日本が誇る名経営者の思想・哲学から、生き抜くための智慧とヒントを掴んでいただけたら幸いです。
自分に活かし、自分の周りに活かし、社会に活かすことによって、発展繁栄の未来を創ってまいりましょう!

【進行役プロフィール】
尾花智明(おばなともあき) 生年月日:昭和53年12月21日
保有資格:税理士 PHP認定ビジネスコーチ(上級)、PHP認定チームコーチ 日商簿記検定1級 綜學「初伝」認定
昭和53年、愛知県春日井市に生まれる。地元の高校へ進み、野球に打ち込む。
平成9年、南山大学へ入学するが、税理士を志し2年で中退。
平成12年、資格取得のため、名古屋駅前の専門学校へ通う。
平成15年、税理士資格取得後、名古屋の大手税理士法人へ入社。 法人監査担当として、延べ50社の税務監査に携わるかたわら、審理担当として、年間約100社の税務申告書検算業務に従事。
平成18年、コンサルティング会社設立(共同経営)。取締役として経営に従事し、併設する税理士法人の代表を務める。 その後、コーチングとの出会いをきっかけに、人の分野から企業の成長を支援したいという想いが強くなる。そして、「中小企業のパフォーマンス最大化」が自らの使命であると悟り、独立を決意。
平成27年、合同会社GENIC設立。税理士・コーチとして、中小零細企業の全面的なご支援(財務・税務・人材開発・組織開発)開始。
平成29年、師との出会いにより「日本のために」という思いが芽生える。政経倶楽部名古屋支部幹事を拝命。日本の誇りを取り戻すための活動開始。
平成31年、名古屋綜學院立ち上げに参画。「誇りを取り戻し、日本を日本らしく」するため、国民運動を起こすべく日々奔走中。
令和2年、一般社団法人ジャパンウェイ・リーダーシップ協会(AJL)理事に就任。ジャパンウェイ・コーチングスクール(JCS)開校。

75年前、大東亜戦争に敗れた日本は、その持ち前の特性を活かし、極度の貧困から目覚ましい発展を遂げ、世界の大国へと見事帰り咲きました。
その戦後の日本経済を支え、先頭でリードし続けた二人の名経営者が、松下幸之助と出光佐三です。
日本が誇る名経営者の思想・哲学をご紹介いただきました。

明治生まれの経営者。
出光佐三。
松下幸之助。

大東亜戦争が終わった2日後の8月17日出光佐三は言った。
①愚痴をやめよ。
②世界無比の3千年の歴史を見直せ。
③そして今から建設にかかれ

焦土と化した日本。
今更、何を言っても始まらない。
日本人ならできるはず。
いまから前を向いて立ち上がろう。

出光興産は大家族主義を唱え、定年制もなく、労働組合もない、出勤簿もない、給料を発表しない、給料は生活保証であるという会社であった。
人間はお金で計れない。現代の経営者と真逆の考えである。今の日本ではリストラ、早期退職が当たり前となっている。出光佐三の会社経営は大家族と同じである。この考えは素敵だ。1970年代の労働争議とは無縁だし、出光の従業員は会社を信じていたし、会社の危機には会社のために信じて働いたという。
従業員と会社の間に信頼関係があったのだ。

大東亜戦争の終わった翌日に日本精神の覚醒を説いた松下幸之助。
誇り高き日本人たれ!と説きました。
余裕を持とうと思わなければ、余裕を持てない。
まず思わなければそれは実現できない。
ものごとをありのままに見る。
素直であることを説きました。私心なき曇りのない心。の大切さ。晩年。日本の将来を思うと涙したという松下幸之助。
彼は何を思って涙したのか?
彼が見た日本の将来は日本の今なのではないだろうか?今の日本人は日本精神を持っているのだろうか?素直であり、道徳観があり、ものごとをありのままに見る。「鳴かぬならそれもまたよしホトトギス」ホトトギスが鳴くことを期待しない。「雨が降れば傘をさす」当たり前のことを当たり前にする。

昭和30年代、大型コンピューター事業に進出していた松下電器。
日本には7社がこの事業でシェアを争っていた。日本よりはるかに規模が大きい市場のアメリカではIBMの一人勝ちであった。
それを知った松下幸之助は撤退を決意する。日本で7社もコンピューター事業に進出しているのは多すぎるという。
ものごとをありのままに見る。和を尊び、主座を保つ。調和を大切にし、日本人は外国から思想や文化を輸入しても日本流に咀嚼して吸収する。

出光佐三
松下幸之助
この二人の経営者の思想は、今の時代に生かすことはできると思う。

日本人としての誇り、歴史、従業員への信頼、をふまえて会社を経営する。
国家のため、会社のため、自分がある。
そのような感覚は当時の時代背景も大きな要素ではあると思いますが、今にも生かすことができると思います。

尾花さん。
素晴らしい経営者のお話をありがとうございます。
尾花さんは
一般社団法人ジャパンウェイ・リーダーシップ協会 の理事をされています。
日本的在り方(ジャパンウェイ)を兼ね備えたリーダーになるための学び&実践舎です。
https://a-j-l.jp/