2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災から7年

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進行役:大西喜隆さん

テーマ:2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災から7年~東日本大震災の救援活動に派遣された元自衛官が語る、災害に対する「私たちのあり方」を楽しくテンポよく学ぶことができるお話です~

【内容】
東日本大震災・ 阪神淡路大震災など災害救援活動に従事された元自衛官の大西さん。
大西さんの災害の救援活動の現場体験に基づくお話は
「災害を生き抜く」ためにとても役に立つお話です。
災害に対して私たちは何をしたらよいのか?どう向き合えばいいのか?
災害に対する「私たちのあり方」を楽しく明るくテンポよく、
学ぶことができる貴重なお話です。

【プロフィール】
1958年3月14日生まれ(59歳) 1976年3月 高校卒業後陸上自衛隊入隊と同時期に愛知大学入学 1980年 愛知大学卒業 1987年 幹部任官 レンジャー教官 中隊長 第1科長 師団幕僚幹事 名古屋出張所長等として勤務 その間 東日本大震災 阪神淡路大震災 中華航空機墜落事故等の災害派遣に9回従事 2013年3月(55歳)定年退官 4月大府市役所入庁 危機管理室で防災啓発.訓練.計画等担当 年間50回以上の防災講話.防災訓練等指導 2017年3月退職 4月山九株式会社 採用.教育.コンプライアンス担当として転職 高校.大学等への求人活動 新入社員教育では「御在所岳登山」監督者教育では「自分の会社が好きでない監督者は部下を指導出来ない」等今までにない教育を目指す。

東日本大震災・阪神淡路大震災など災害救援活動に従事された元自衛官の大西喜隆さん。

大西さんの救助活動の現場体験に基づく防災のお話はとても説得力があります。

東日本大震災ではきちんと過去の津波の歴史が語り継がれた地域とそうでないところでは大きな差がでました。

きちんと津波が来たことを語り継いでいた地域は津波を来た場所に家を建てなかった。
だから助かった。

語り継がれていない場所は津波が来たことも忘れ、石碑を立てて津波が来たことを書いているのに、石碑の存在は知っているのに書いていることの内容が語り継がれず、多くの犠牲者が出た地域があります。

岩手県では小学校で津波が来たら、てんでバラバラにとにかく高いところに逃げろ!という「津波てんでんこ」の教えが徹底されていたために下校した小学生が家族を引き連れてとにかく高いところに逃げて助かった。

このような教えが徹底されていない県は犠牲者が多かった。

語り継ぐことの重要性。

とにかく自分の命を大切に逃げること。

あと遠くの親戚より近所の他人。
近所付き合いの大切さ。

家族会議をして地震が起こったらどう行動するかを決めておくこと。

家族写真を持っていること。(携帯では電源がなくなれば見ることができない)

今日もたくさんの教えがありました。

語り継ぐことによって生きたい命を守ることができる!
東日本大震災は生きたかった命がたくさん亡くなった。
でもこれは防ぐことができた命もあったのです。

必ず愛知県にも来る地震。
そのときに何を大切にして取り組めば良いかがよくわかりました。

大西さん。
素晴らしく役に立つ発表をありがとうございます。