東日本大震災の真実・あの時被害現場で何があったのか?

朝活ネットワーク名古屋20160314

進行役:大西喜隆さん

テーマ:東日本大震災の真実・あの時被害現場で何があったのか?~東日本大震災に66日間派遣された元自衛官が語る。今、自分・家族の命を守るために何をすべきか~

【内容】
2563人。この数字は何か?ご存知ですか?この数字は平成28年1月8日現在の東日本大震災の行方不明者の数です。この数字は毎月、減っています。3年前の平成25年4月1日より118人減少しています。
死者の数はほとんど増減がないのに行方不明者の数は毎月のように減少しています。なぜだと思いますか?
その理由は?自衛官として災害派遣業務に66日間。宮城県で従事したとき、被害現場で何があったのか?
皆さんが聴いたことがない、見たことがない真実をお話ししたいと思います。
日本になぜ地震が多いか?どのくらい地震が起きているのか?どれくらい被害があるのか?今、自分と家族の命を守るために何をしなければならないかをお話したいと思います。

【プロフィール】
1958年3月14日生まれ。58歳。岐阜県出身。岐阜県立岐阜商業高校卒。愛知大学卒。1976年陸上自衛隊入隊。千葉県・静岡県・愛知県・兵庫県・香川県・福岡県・東京都で勤務。2013年3月陸上自衛隊2等陸佐で退官。同年4月より大府市役所危機管理室で勤務。災害派遣は阪神淡路大震災・東日本大震災等9回119日間。レンジャー教官、新隊教官。

実際に東日本大震災で宮城県に自衛官として災害派遣の仕事に従事された大西さんにお話いただきました。

大西さんの「忘れないでほしい」というメッセージ。
生きたかった命が失われたことを伝えてほしい。

ある日突然、地震が起こり、死んでしまう。
地震発生から「津波」が来るまで66分の時間があった。
その間に逃げなければならなかった。

災害教育が徹底されていた岩手県では避難が比較的進んだ。
宮城県ではあまり災害教育が行われていなかったため、犠牲者も多くなった。

地震が起これば、まず「生きるために、逃げなければならない」
「高いところに逃げなければならない」

愛知県は日本最大のゼロメートル地帯がある地域、だから地震が起これば高いところに逃げなければならない。

場所によっては40メートルの高さの津波があった東日本大震災。

人は忘れてしまう。きちんと過去の地震被害が伝えられていた地域とそうでなかった地域では被害状況がかなり違ったそうです。

ですからきちんと「伝えること」大切ですね。

家族の写真を持っておくこともかなり有効だそうです。
家族と離れ離れになって探すとき、携帯のデーターより実際の写真が役に立つ。

遠くの知り合いより近くの他人。
ご近所さんが実際に災害時は助けてくれる。
普段からきちんと関係を持っておくことは重要。

災害現場の生々しいお話から過去の日本で起こった地震。
地震に対する対策。

クイズを交えながら楽しくお話しくださった大西さん。
ありがとうございます!

お水やカンパン。氷砂糖。までご提供いただきましてありがとうございます。
たくさん氷砂糖を提供していただいた中日本氷砂糖の福井さん。ありがとうございます。

大西さんは今回のような「防災講話」を学校など
さまざまなところでされています。